彼の瞳は虚ろだった。


flash back


「天文学者になりたかったんだ」
「なに、それ」
「天文台に勤めて、星の研究をする人。
 数学者とか科学者とか、わかるだろ。それの天文学バージョン」
「ふーん」
「誰もみつけたことのない星をみつけて、すきな名前をつけるんだ」

彼は夢を語っている。
だから、きっと、きらきらした瞳をしているんだと思った。
だけど彼の瞳は輝いていなかった。

なんだろう、これは、過去の面影を探って哀しんでいるような。

「天体って、ロマンチック、だよな」
「そうなの?」
「いろんな物語があるんだよ。きみは本当に天体に興味ないんだな」
「理科が出来なくて文系とったくらいだもの」

わたしは彼の缶コーヒーの蓋をあけた。
いつもなら、そんなこと彼は自分でやるのだけど
その日の彼はひどく重たい空気を発していて
蓋をあけなければ飲めないということを
知らなかったとでも言いそうだった。

ありがとう、とひとこと零すように呟いた彼の瞳は
磨かれることを知らない宝石のようだった。

「過去形、なの?」

そんな事を言ったのは、
"なりたかったんだ"、が、なんとなくつっかかっていたから。

「まぁね」

彼は思ったよりも淡白に答えた。

「どうして?」
「新しい星をみつけるだけじゃ、きみを養っていけないだろ」
「そう、なの?」

彼がなにも考えていないようにそんな言葉を言い放つから
その言葉の中にどんな思いが隠されているかなんていうことは
敢えて探らないことにした。

「新しい星に、わたしの名前をつけてよ」

その部屋のベランダからの景色はとてもよかった。
空や星がみえていたし、海もみえた。
わたしは鍵を上げて、そのドアを開けた。

「3年前に砕け散った夢だ」

彼は絶望的な声を絞り出した。
そう、"絞り出した"、という表現がとても似合う声だった。

「もう繋ぎ合わせる事はできないの?」

海のほうから風が吹く。
「海風」と呼ぶんだったかな。
そういえば、昔、理科の授業でやった気がする。

「きみがいてくれれば…できるような気がするよ」

彼の目からはすこしだけ涙が流れていた。
瞳の宝石は、3年ぶりに輝きを取り戻していた。





2005/06/11

フラッシュバック(アルバム"君繋ファイブエム"収録)
ASIAN KUNG-FU GENERATION
"強く願うそれ あの日の未来がフラッシュバック"